金継教室 生徒作品 その2

  • 2015.05.14 Thursday
  • 00:34

金継ぎ稽古歴 中級クラスの伊東さんの作品です。
 
「共直し(ともなおし)・茶入」
 
金継宗家の流儀の漆塗で共直しをした茶入です。
 
破損した茶入を刻苧(こくそ)で繕って、漆で質感と色彩を再現しながら、まったく傷が判らないように器を再生した作品です。
 


破損した茶入れ



 
 

「共直し・茶入」完成。

 
伊東「ひびが入ってしまった茶入れの繕いを 友人のお茶の先生から依頼されお預かりしました。 
時間がかかりましたが ひびは綺麗に修復でき、金継のクラスに持って行き、塚本先生に最終仕上げを見て頂くつもりでおりました。
ところが、クラスへ行く準備をしている際に 私のミスで茶入れを落としてしまい、こなごなになってしまいました。
どうしたら良いかわからず、呆然としたまま破片を拾い集め、塚本先生に相談いたしました。
先生に見て頂くと、大丈夫。綺麗に直せると言っていただき修復に取りかかりました。
不安がありましたが、破片を一つ一つ刻苧糊で張り合わせ、なんとかもとの形に戻すことができました。
その際に、大坂夏の陣で 戦火にさらされ、 徳川家康の命令によって焼け跡から探し出され、藤重藤元・藤厳という漆塗りの名工父子によって修復された茶入れ九十九髪茄子のお話を伺いました。
私の金継ぎの腕はまだまだですが、金継宗家の流儀の漆塗での共直しは本当に素晴らしい技術だと改めて思いました。」
 
大名物の唐物(からもの)「九十九茄子(つくもなす)茶入」の共直し物語。
 
15世紀中期、室町幕府八代将軍足利義政の茶道指南役であった、わび茶の茶匠で茶の湯を確立した村田珠光が九十九貫で入手した唐物(南宋から元時代の物)の茶入で茄子の形をしている。※九十九貫は現在のお金で、約990万円。
 
この茄子の形の茶入は九十九茄子茶入の名で呼ばれ、『伊勢物語』の和歌
 
『百とせに 一とせ足らぬ 九十九髪 我を恋ふらし 面影に見ゆ』
から、九十九茄子と命名したという。
 
後に、この茶入は豊臣秀吉に伝わり、大阪夏の陣で被災したが、徳川家康の命を受けた漆芸の名工の藤重藤元・藤厳父子により他の名物と共に探し出され、漆で共直し修復が行われた。そして、名物を修復した仕事の褒美として藤重が家康から賜った茶入が九十九茄子茶入で、現在、静嘉堂文庫美術館の蔵である。X線調査で、この茶入の ほぼ全面が繕ってあり、表面の釉と見られる景色は漆で共直し修復が行われたことが判明している。
 
金継宗家 宗匠 塚本将滋(尚司)
 
金継宗家 金継教室 http://urushiart.com/schoolroom.html
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金継教室 生徒作品 その1

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