金継宗家の金継ぎ[金継ぎの歴史]その2

  • 2013.10.14 Monday
  • 00:00
 [焼き継ぎ] 江戸時代から明治時代の伊万里染付磁器の修理技法

 

白玉(鉛ガラス釉薬)で[焼き継ぎ]された伊万里の染付の器
 

焼き継

※赤い釉薬で書かれた記号の焼継印(やきつぎいん)


焼き継


焼き継




※赤い釉薬で書かれた文字の焼継印(やきつぎいん)



日本独特の陶磁器を蒔絵で修理する[金継ぎ]は、蒔絵師が蒔絵で、主に茶の湯の茶碗等を修理する方法であり、江戸時代に[金継師]、[金継屋]といった専門の職人がいたわけではありません。その代り、江戸時代から明治時代にかけて、割れた陶磁器、主に伊万里の染付の磁器の修理を専門に行う[焼継師(やきつぎし)][焼継屋]という職人がいました。

江戸時代後期の寛政年間 (1787年〜1800) 頃に、江戸や京都などで割れた伊万里の染付の磁器を焼継ぐという[焼継師(やきつぎし)][焼継屋]が登場します。

江戸時代の庶民にとって伊万里の染付の磁器は高価な貴重品であり、簡単に捨てることなどしなかったようで、約200年前の[焼き継ぎ]された伊万里の染付の磁器が各地の遺跡から数多く発掘されています。

 

 [焼き継ぎ]とは、白玉(しらたま)と呼ばれる鉛ガラスの粉末とフノリを水で溶いて混ぜ合わせた釉薬を磁器の継ぎ目に塗り付けて接着してから、炉の中に入れて低温度(800℃)で焼いて接合する方法です。白玉とは、珪石と鉛をいっぺん熔解して鉛ガラス(フリット)を作り、それを粉砕して粉状にしたものです。

 

ところで、今ではめったに落語の高座にかかることのない噺(はなし)ですが、

落語「両国百景(りょうごくびゃっけい)」では、「焼継屋」が持ち運びのできる小さな炉を使って大道(だいどう)で[焼き継ぎ]の商いをする江戸の「焼継屋」の様子が描写されていて、また、夫婦喧嘩をしている家の門に立ち、夫婦喧嘩で破損するであろう伊万里の染付の食器を修理するために「焼継屋」が待っている。
という川柳で、“焼き継ぎ屋 夫婦喧嘩の門に立ち” というのがあります。

当時高価であった伊万里の染付の磁器を買い替えるよりも[焼き継ぎ]は安価で、直して再利用できる修繕方法であったため「焼継屋」が大変繁盛していた様子が想像できます。[焼き継ぎ]で瀬戸物屋の売り上げが落ちるほどの影響が出たそうです。まさに、日本の江戸時代は、もったいない文化の最盛期のようです。

それから、[焼き継ぎ]された器の裏底には、[焼継師]が発注者を忘れないように描かれたものと推測される赤い釉薬で書かれた文字や記号の焼継印(やきつぎいん)のある事例が数多くあります。

[焼き継ぎ]は、透明な釉薬で接着するので修理の跡が判らなくなるというイメージが有りますが、実際には、白く濁った透明ガラス質の線状の盛り上がった継ぎ目に成り、疵口が目立ってしまい、私の知る限りでは綺麗な仕上がりの物は少ないようです。


金継宗家 宗匠 塚本将滋(尚司)

 

 

金継宗家 金継教室 http://urushiart.com/schoolroom.html

金継工房 http://urushiart.com/kintsugikoubo.html

 

 

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